野菜がたくさん、取れるようになって、近所の方に、たくさんの、きゅうりを頂くんですけど
うちは、縦に半分に切って、それを、4~5㎝の長さに、ざくざく切って、お酢、めんつゆ
ごま油、ラー油に半日位漬けておくと、止まらないおいしさですよ。試してみてください。
大きめのタッパーに作っておくと、冷蔵庫でかなりもちますよ。うちは、すぐ無くなるけど
ごま油、ラー油なんかは、全然お好みで、でも、お酢はたっぷりが、おすすめです。
食欲ないときでも、いけますよ。お酢は、料理の調味料として欠かすことができない調味料ではないかと思います。お酢をつかった料理ですと、酢飯を思い浮かべる人が多いかと思います。お寿司を作るうえで、お酢はかかすことでできません。また、煮物などにもお酢は活用することができます。お酢で煮物をつくると、さっぱりとした味になりますので脂っこい肉なども食べやすく煮つけることができます。お酢は、スーパーマーケットで必ず販売されている調味料ですので手に入れやすい調味料です。
竿燈(かんとう)の演技やおはやしの腕を競う「竿燈妙技大会」が4日、秋田市千秋公園の中土橋で始まった。
この日は予選があり、差し手は直径6メートルの円の中で手や肩などに30秒ずつ竿燈を乗せ、安定感や力強さを審査員にアピールした。自由演技=写真=では、継竹で竿の長さを伸ばして演技する団体もあり、迫力のある技に観客は目を見張った。
栃木県出身で大学入学後に竿燈を始めたという秋田県立大3年、野口拓実さん(21)は「妙技会に出るのは初めてで緊張したけど、自分なりにいい演技ができた」と話した。
大会は午前9時20分〜午後3時半。6日に決勝がある。【小林洋子】
8月5日朝刊
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農畜産物の放射性セシウム汚染問題を受け、県内の農畜産物の検査を進めている県は4日、この日検査した比内地鶏と牛肉は問題なかったと発表した。
比内地鶏は大館市の食鳥処理場の比内地鶏3・1キロを検査。放射性物質は検出されなかった。牛肉は全頭検査を継続し3頭検査。放射線量を計測したが、規定の範囲内だった。
また、栃木県産の腐葉土から放射性セシウムが検出された問題で、同県産の腐葉土を購入した学校や幼稚園など10校園で空間放射線量を計測。いずれも通常の範囲内の数値だった。【坂本太郎】
8月5日朝刊
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◇継承の受け皿作りを−−夏井智泉さん(38)
原爆で焼土と化した街の写真。夏井智泉(ともじ)さん(38)=秋田市茨島=は、息子たちに見せて「東日本大震災の被災地を『戦争みたい』と言った人がいるでしょ。こういう光景を見たからよ」と語りかけた。
「ひどい。何で?」と長男の慧匠(けいじゅ)君(9)。次男の大翔(やまと)君(3)もじっと写真を見つめる。幼い2人に見せるのは、広島で被爆した祖母と母の思いを伝えたいからだ。「原爆さえ落ちていなかったらなあ」と語る祖母の声は忘れられない。
■ ■
「母は被爆しているんです。普通の人とは体の状態が違う」
夏井さんは母の佐藤里枝さん(70)ががんの手術を受けた昨夏、必死に担当医と看護師に訴えた。医師は「手術後1週間で退院できる」と言ったが、納得できなかった。「ちょっとした風邪でも治るのに日にちがかかる。一般の人とは回復力が違う」と言ったが、通じなかった。
佐藤さんは医師の言葉通り、1週間後に退院。数日後、倒れて再入院した。がんが肝臓と肺に転移していた。「だから言ったのに……」。夏井さんは悔やみきれない。昨秋、原爆症認定を申請したが、回答はまだない。
佐藤さんは以前は広島で被爆して秋田市内で開業した故・中谷敏太郎医師(06年死去)にかかっていた。夏井さんが付き添い、佐藤さんが体調の悪さを訴えると「被爆者は疲れやすい。あなただけではないよ」と親身になって診察してくれたという。
「福島第1原発の事故で、医師は今後、放射能の影響を考えざるを得ないのでは」と夏井さんは思う。
■ ■
佐藤さんは元気なころ、講演を頼まれれば被爆体験を語ってきた。夏井さんは慧匠君が小さな頃から母の講演に連れて行った。「小さいうちから受け皿を作ってあげたい。大きくなってから急に話しても、興味がわかないと思う」からだ。
伝えるための努力も欠かさない。本やマスコミで新しい情報を収集し、聞いたことのある話でも何か変わっていないかどうかチェックする。その上で祖母や母の話を思い返して比べると「新しい気づきがある」と言う。
「記憶は残らなくても、被爆者の思いは残る」。そう信じ、次世代に語り継ぐ決意を固めている。【小林洋子】=つづく
8月5日朝刊
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